水中遺跡

日本は、海に囲まれているので、水中遺跡がたくさんあると考えられるが

「発掘された日本列島2017」のパンフレットによると、

知られている水中遺跡は、387か所とのこと。

この年の特集の一つが、「水中遺跡」であった。

 

なぜ、このパンフレットを引っ張りだしたかというと、

鹿児島県・徳之島の水中鍾乳洞で発見されていた土器が、

縄文時代のもので、7400年以上前に制作されたものと判明した、という

ニュースを知った(7月23日・奄美新聞社の記事より)からである。

 

水中遺跡については、

蒙古襲来の舞台となった、長崎県鷹島沖に、当時の軍船が沈んでいる

(史跡 高島神崎遺跡)ぐらいしか知らなかった。

他に、パンフレットで紹介されているのは、

・粟津湖底遺跡(滋賀県大津市:琵琶湖の湖底にある縄文時代貝塚遺跡)

・瀬戸内海(香川県高松市丸亀市弥生時代から室町時代の遺物で船に積まれた荷物と思われる)

・相島海底遺跡(福岡県新宮町:平安時代の瓦)

・倉木崎海底遺跡(鹿児島県宇検村:12世紀後半から13世紀の中国製陶磁器が多い)

神津島海底遺跡(東京都神津島:江戸時代後期の鉢や硯が大量に出土)

・開陽丸(北海道江差町:1868年に暴風雨で沈没)

である。

 

開陽丸といえば、大政奉還後、旧幕府軍の「虎の子」のような船だった。

開陽丸が目的地に無事到着していれば、旧幕府軍は、もっと持ちこたえた、あるいは

北海道の地においては、新政府軍を寄せ付けなかったのでは、とも言われている。

これも「水中遺跡」なのだ。

 

しかし、水中遺跡は、近くに行くのも難しいし、発掘は困難や危険を伴うので

なかなか、進まないらしい。

技術進歩の力で、もっと、水中に眠る遺跡が、安全な方法で、

明らかになることを願う。

 

 

 

 

 

 

発掘が、簡単にいきそうにない。